ひと足早く、ガラスの器に種を播く。
3年前の売れ残ったマスタード。ふんわりとガーゼを掛け、毎日水を換える。
葉は伸び、春の光が差しこめば、ふた葉は緑色を増す。
卓上のビタミンは、つややかで美しい。
「静かに眠っていた甲斐ありましたよ。ふさふさと嬉しいです。」
種の気持ちになって言ってみる。私が一番嬉しい。
それでも、手に余るほどの種たちは、苦楽を味わい大地で育ちたいと願っていることだろう。
雪も霙も霜もやりすごし、種を播こう。
桜咲く頃を夢み、はやる心を抑えて、種たちに触れる。
雪解けの音が屋根を伝い、軽やかに楽しげにリズムを刻む。
清々しい思いが溢れる季節。
萩尾エリ子 / simples