手に入った蕾の桜の一枝を、病室に届けました。
八ヶ岳はまだ白く、冬景色です。
その部屋の方は、桜の花の咲いた朝、天に召されました。
「咲いたのよ。今日、咲きましたよ。」
看護婦さん達は、別れの悲しみを包みこんで働きながら、いつものように優しい。
その方はガーデンで見つけた四粒ほどの赤いクランベリー、日だまりの黄色のビオラ、柔らかな緑のロケットを、無邪気な笑顔で手にとられ、眠る時間の多くなったときは、ネロリの香りを心から喜んで下さいました。
緩和ケア病棟でのことです。
ここはひとりではなく、寄り添われて生命を生ききる場所。
逝く人も、残された人にも、温かで涼やかな風が吹き、共に育つ場所。
終わりではなく始まりの場所。
一年の巡りも始まりました。
萩尾エリ子 / simples